6月7日

いつものように、かあちゃんが食器を洗った先から拭いて食器棚に戻して、を繰り返しているとライちゃんの笑い声とも泣き声とも聞き取れる声が間隔をおいて何度か聞こえてきた。ライちゃんの目の前にはハルとキーの二人が座った背中が見えた。突然「なにやってんの!」悲鳴のようなかあちゃんの怒号が鳴り響き、2人ともカッチカチに固まってライちゃんだけが大泣きしていた。ライちゃんが擦りむいた膝の傷を二人が指で押してみて、その度にライちゃんの反応をみる、という「お遊び」をしていたのだった。おそろしいなと思うと同時に、やっていいことわるいことの基準って人間の勝手なんだよなと。太古からの本能に少なからず従って生きてる(であろう)子ども達の動物をのぞきみてしまったような。その後も散々に怒られてる二人を見ながら頭の中では禁じられた遊びを弾き始めていたおじさんなんだけどね。

比較的精神状態のいいときは(なにと比較してんだろ。38年間の実績?比較的という言葉を使ってみたかっただけだろ。そう。)ツイッターなんか開かないで、なんかしらやってるか、ぼけーっと集中?してて、それ自体をさっぱりと忘れてしまう。よーするに存在が充実しきってる。(リアルに充実してる「リア充」って言うらしいぞ。既に死語?)それが不安定、不安になってくるとブログにどばあっとゲロはいたりツイッターでだらだら連投、タイムラインがオレ色に染まっただろばかやろこのやろなんて迷惑行為。だけど安定も不安定も常にどっちもあるってことなんだろうと思う。きまぐれがいいな、きまぐれあまのじゃく、なんやそれ。何かを決めてしまって、それに従うというのはある意味楽なのかもしれない。楽だけど、決まってることには違反(さぼる)がつきもので、真面目なのでちょっとした違反行為が罪悪感となって少しずつ降り積もって、いつの間にかどろどろに滞積しちゃってて。そんじゃあもう決めなくていいや!ってのも決めてることになるし。べつにご飯も三食たべる必要ないって言えばそうだし。今日は獲物とれなかったから、マーブルチョコ3粒づつだよとか。おお今日の君は赤がみっつ揃ったね!とか、そんなんでいいのかな。だめか。

頭のなかにあるものが、そのまま出てくるわけじゃなくて、イメージと違うなあ〜ってなるに決まってる。だけどその違ったイメージに、それかあ!なんて気がつくおもしろさがある。結局はやり直すんだけど、無駄ではないイメージ。イメージ?違え〜な。元からあるんだよ。イメージなんて言うといかにも自分がゼロから創出したみたいな気分になってくるけど違う。イメージは元々あるものだ。そこにアクセスできるのかおまえが?(パクってこれるのかよ?笑)というクエスチョンマークのことだよ。だけどイメージがおれを求めてやってくるんだよって思える精神状態はなかなかいいよ。出てきたものに対して、おれが悪いわけじゃなくてやってきたイメージ次第ってことだからねって言える。だけどそんなものやってこない。やってきたにしても、出来上がったものを見返して、錯覚だったかという。錯覚でよかった、錯覚だからこそまた手を動かしていけるのかもしれない。

しばし休憩(仕事が入ってくる。。。)

白昼夢に死んでるはずの人が出てくるってことがよくあるのだけど、今のがまさにそうで。そんなもんおめーの脳が寝不足でショート起こしてるだけだろって事だと話は簡単でいいけど。今みた一瞬の夢の会話を再現してみるとどうやら本人は自分の死を認めたうえで存在している様子で。たぶんおれもそこでは一度死んだ(同化?)と思う。生きてる状態、死んでる状態、人間が見た事だけで決めてしまってるだけで。霊感なんて特別な能力みたいにおもわれがちだけど、霊感のない生き物なんかいない。ただ、自分で引いた境界線が溶けだすポイントに帰ってこられるかどうかの違いはあるのかな。おばけなんか見た事無い〜って場合は鏡をみてみましょう。そこに居る自分とは一体、ほんとうには誰なのでしょうか。
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by yuzzle | 2013-06-07 17:20 | 日記


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