6月19日

今月末、おまえの死刑執行の日となったよ。それとも心臓の不調でもって長くてあとひと月の命ということが確定したよ、とする。としたところで、おれは何に向かって動き出せるかというと動き出しもしない。ただ生きているという事実以上の事実を見つける必要などあるはずがないだろ?疑問、質問、その他一切の受付を閉め切りました。さあ、あなたは何者をも、自分すらも疑わずにそのままそこにいればいいだけなのです。現状に満足しきっていることを認めた呼吸をつづけていらっしゃい。死ぬまでそうやってろぼけかす。と言ってくる。冗談じゃねえぞ、なんにも信じねえからな。毎日がたいくつで今すぐ死にたいぐらいなんだ!という甘えた寝不足の意見に対して子供達がおいかぶさってきてあそぼうあそぼう言うので「君たちよーく聞いとくれ、とーちゃんはもう長くはないのだよ、さようならだよ」、、ハルボンズが真剣ともふざけてるともとれる顔つきで「大丈夫よう?しなないよう?」覗き込むといった具合。

子供が大人に対して夢(憧れ?)を持つだろうという、大人側からの一方的な思い込み。自分が持っているおしつけ的な態度が気になって。将来の夢は?という愚問「私の夢」という題名の希望に満ち溢れたどーでもいい絵、作文。そういうのはもっと大きくなってから夢(けちな物欲)を勝手に持てばいいよ。たった今だけが夢中の人なんだってことが抜け落ちていると子供との対話、遊びが成立しない。。。しかしハルボンズ(キーちゃんまでも?)のある部分はもう物欲の人かもしれない。日本銀行券というゲームチケットの存在が国語能力の向上(浸食?)トイザらスと共に忍び寄る。じゃあ大人が夢そのものを自覚しながら会社へ行くことは可能かね?オカネとタイムカードでがんじがらめなのはよくわかった。わかったけど、今のおまえはそこからしか思考できないし、それ抜きでの思考の意味も無い。現実と夢が対応していることが歩を進める絶対の条件。あ、どこいくの?

と言うような、相も変わらずの月給取り現状に納得いかずのもがいてる風ミートドリアな様子だなミスターYよ。おまえが言ってる現実というのはどの現実のことだい?ユメ??あんまわらわせんなよ。えーっと、そうだそうだ、昨日みんな寝てから散らかってる部屋(絨毯にマメが吐き出した痕跡など)を眺めてぼーっとしているといきなり心臓がギュー!っと締め付けられるように痛くなってきて。これまで何度かなったことあったけど、昨日のはさすがに「おれもしぬのか」という勢い。丑の刻参り?だれが?ってぐらいのギュー痛さ。怨まれるようなことしたかな?してるか。してるな。この場合のお面は能面ではなくてオキツネサマなんだ。。などと納得、覚悟すると同時にすーっと痛さが落ち着いてきてそのまま朝方まで描く。じゃあ検査か?いやだな。病院は病気をこさえるに充分なパワースポットでもあって。長生きがモットーだけど明日死んでもいいやという同時進行。生まれつきの仕様が無責任なのにわざわざ責任をこさえて苦しまなくてもいいじゃんね、余計に死期を早めるだけだろとか反抗的おじさん38ちゃい。それよりもロボットユズルとしてのメカニズムに興味を持つ。ってことはまたギューなるようだったら検査かな。でもやっぱし嫌なのでかあちゃんには黙っていよう。生命保険おじさんが笑顔で笑わず、ジーっ見つめてくるような昼下がりには、脳ではなく心臓でものを考える。
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by yuzzle | 2013-06-20 17:32 | 日記


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