4月11日(金)ハレ

階段を真横から見た図を捉まえたというか閃いた朝。その階段の前方には壁(自分の身体?)があり、そこに隙間が空いてて向こうが伺える。意識が階段のどこに居るのかでその壁の向こう側の景色(鏡?)がそれぞれ違ってみえるなという、ただのそれだけのことなんだけど。生命体(もの)には偉い偉くない、良い悪い、ノイローゼバカタレに関係なく段階があるだけかという図。そしてそいつが居なくなる(どこに?)と同時にこの壁も消えるけど階段はそのままで、旅もそのままで。この階段を自在に移動できる視点というのがユメかなあとか考える。壁の向こうってのはあの世ってわけでもなくて。死ぬとか生きるとかの時間の事でなく。時間ん〜が出てくるとすぐに「どうせおれもみんなも死んじゃうしぬあ〜、はあ〜」となってきてしまいフリーズ、寝不足でショートしてるだけだろう脳みそを使って自転車漕いできました。
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頭の中では昨日からの続きで聴いてるサンベアコンサートの京都が自動再生している心拍数高いおじん、と思う間もなくアランフェス協奏曲第三楽章が流れて来てテンポよく、あぶない。だけど車に前方塞がれたこの路面状況、どの侵入角度でどれだけ踏めば歩道の縁石にバニーホップでトランスファー出来るか自動でわかっちゃう状態、低けりゃしっかかって乗っかれないし、高いと、あらまあがんばっちゃったね〜着陸で、ちょうどタイヤが縁石角の上ぎりぎりに吸い込まれていく、これまでの流れを乱さない絶妙度とでもいいましょうか、何いってんだろう。またゲシって後ろリム凹ますぞ。信号が青になり後ろから原付片手運転でこれみよがしのギリギリを追い抜いていくガニばかもの。自転車のほうが高級だよきみなどと口笛で漕ぐ。しかしその横を「己が自転車を開発したようなつもりのなにかい」という、ゆっくりと歩を進めているおじいさんの観察があり。更にそこから横に視点を移した民家の居間では「動かないでいることが最高に移動している」と瞑想ばばあが悟った瞬間、自転車に跨がる若い女のおじいさんが前へ前へとバックする〜。生きて身体持ってるとただただ段階があるだけで、どうやっても狭い視点しか持ち得なくて。だけどこの階段を認めると同時に色々なことの許しが訪れやしないかい?しないしない。。などと、思いつくままの毎朝連続ツイートしていた昨年今頃、迷惑というよりも気持ち悪い。気持ち悪いというよりも迷惑。だけどそれは自分じゃないんだから仕方ないやという逃げ。少しでも人生の手応えを感じてしまうともう黙っていられない病気。病気というよりも状態。状態というよりも段階、階段の振り出しへ戻る。そーだそーだ、ハルキヨにオリジナル双六の作成依頼を受けていたの思い出した。

1:30きっかりにうなされて起きる。覚えていないユメの内容は恐ろしいものだったことだけがまだビリビリしてる。まあ恐ろしくもすばらしい。ここんとこの39年で思い返してみてもいいユメしかみたことないや。ああでも、あったあった、嫌〜なユメも。M氏に依頼を受けていた完成データを送ろうとして確認で「開く」を選ぶと、ああもっとここはこうしようああしようが始まってしまい、送ったのが4時とかそんくらいになってて。でもまあ送るには送った。あとは野トワレ花トワレ。。その後は本日数時間後から使用のライちゃんお昼寝布団用の名前プリント絵おこし、製版、刷りまでを高速でこなしたところでドアの向こう側に立つかあちゃんの目玉だけが模様ガラスの隙間からこちらの様子をきょろきょろ伺っていたという朝。
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扉が開いているとなーんか変だな奇妙だな、でも興味を惹く、のかもしれないけど、そっち側には行かない。つーか行けないだろどーやってみても。じゃあどうするのか、こっちも扉を開くしか無いのだ。奇妙?まだ私(ルビ:わたくし)はいたってまとも、普通だと言いたいかねきみ。うん言いたいな。いいからはやくトレール行ってコース整備しろばか。わかってるよ。だから落ち着けっての。てめえの都合なんか知らねえよ〜じゃだめなんだ。だからチームプレーにゃあたしゃむかねえよおってあすこのあの校庭であれほど言って聞かせたんじゃねかったのかい。そんなこといったておめえ、銭のあてでもあるってえのかい?ええ?ねえんだろう?ねえんじゃあしょーがねえじゃねえか、なあ。そこでだま〜って頭一個ぶんきっちりしっこめとけってんだ。腹が減ったーなんつって生協にだってそのきたねえ、なんだ、どのつらさげてってえもんよおめえ。。。昨日のカレイの揚げ物はお弁当に入って今日食べた方が数倍うまかった。昨夜はカレイ自身まだ諦めきれてなかったのかもしれない。そこいくと昼は骨からもパラリと身がはがれて、味もしっかり落ち着いてて。もう猫がなめる成分も残らないぐらいに魚をきれいに食べつくす父親の元で育ったわりにはそこまでこだわった食べ方でもないのだろうけど、きたなく残されてるお皿を見つけるとあららと悲しくなる。おかげでなのかハルもキヨも目玉くれ〜!と言ってくる。グロテスク〜なんてのは自分がだ。

よっぱりそうか、良く見られたいんだったなおれ。というか、よい人間だと思い込みたい、信じたいってことだろうけど。だれだってそうかもしれないけど。でもひとはひとだ。あの人は何々だろう、のだろうはだろうでしかない。そして文章は嘘がつけない。文章というかなんだろう。絵にしたって嘘がつけない仕様ってのは変えられない。読み返すもんじゃないとおもいながらも読み返してみて随分酷い事ぬけぬけと言ってるもんだなあと一度出したものをあわてて引っ込めてみたり、なんじゃかじゃやっとる一番にダメになってくパターン。出したものは変えられないというルール、当たり前なことが出来ないってことは、その程度のこと。だったら最初から黙ってたほうがいいよ。黙って得意なことをすればいいのに。は?じゃあ得意なことってなんなんすか〜?とすぐなってきてしまう。おまえはだれなんだろう。疲れてきたのかもしれない。生きていたら悪いところもあるに決まってるし。なりたいものにしかなれないことはもう知ってるのでなかったのか。信じるこころが全然足りてない。よく考えてから飛べ?考えてたら飛べないよ。
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by yuzzle | 2014-04-11 17:28 | 日記


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