6月10日(火)くもり

スポンジ家に代々伝わる宮沢賢治本のひとつを手にとって、たくさんのお話の中から大好きななめとこ山の熊のページを開いて「うへえ」となってから、また目次に戻ってみると解説のところに中沢新一と書かれてあるのを発見し「なんだよ〜言ってよ〜」と読んでみるとちょうどナメトコヤマのことが書かれてあり更に「うへえなんだよ〜」となってた2時すぎ。現世における純粋な贈与には深い悲しみを同伴させるという真実〜とあり、考える。そして昨日はエルマー読み聞かせ3冊目の最後までをあっさりと読み切ってしまって「へえ〜こんなお話だったかね、へえ〜」なんて思う。小学2年生だったかの夏休みの読書感想文に無謀にも(3冊もあるからね)エルマーにチャレンジしたけど、物語に入っていくどころか文字を追いかけるので精一杯、読書自体が苦痛でしかたなかったのを覚えている。結局2冊目の途中まで読んで夏休みが終わってた。母親に一回か二回ぐらいは読んで貰っているはずだけど、自分が覚えていたお話とはちょっと、だいぶ違った印象を受ける。大人になってしまったということなんだろうかね。だけどたくさんある挿絵を見ていたら、当時はこの挿絵や見返しの冒険地図から勝手にお話を作り出して現実と地続きだったことを思い出す。そのお話の舞台、小さな頃によくしのびこんだ(ばればれだっただろうけど)近所のお庭にあった石花器の小さな凹みに見つけた箱庭の小砂利や、キョウちゃん家裏の2本のクヌギの木、すぐ近所のミドリ公園(エルマーのお話と同じ名称)の遊具の鉄や木の感触、色などもぼんやり思い出してきた。得意の記憶捏造?

キヨは持病の定期検診で昨日は一日かあちゃんと小児医療センターへ。朝起きて尿検査用に紙コップにジョーと採取しているとあふれそうになり「いっかいとめろ!いっかいとめろ!」となったおじさん。慌てるおじさんを見てニヤニヤしているキヨ。先生からは「学校あがってからのほうが薬の副作用がでてきやすい事もあるので、そうなった場合は頻繁に通ってもらうようになるかもしれません」など、初めて聞くようなことばかりで脅されて帰ってきたそうで。まあその時はその時だよ。楽観ん。そのキヨがすっかりテーブルに夕飯の用意が出来ても見当たらない。二階へ見に行くと居た。眼が合うと手にしていた作りかけのレゴブロックを床に投げつけて「もうだめだった!全然くっつかない!うわ〜」ランボー怒りの大泣きで手がつけられない。何度もごはんだよ〜と呼んでもだめなので、階段に座り「なんと、今なら下までおんぶでつれてくよ〜」という大サービスな提案にも泣いてダメなので「じゃあ先いくよ〜」と下りていくとランボー怒りの泣き声ヴォリュームアップ。今度はかあちゃんが説得に行って連れて戻ってくると「...とーちゃんが肩車してくれなかった」それで泣いていたことになってて。あれ?おんぶ?違うよレゴだったよねえ。まあいいかとキヨに謝罪する。いただきま〜すと食べ始めるとケロっとして笑いながらパクパクごーやチャンプルーをつまむキヨ、おもしろい。
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by yuzzle | 2014-06-10 20:59 | 日記


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