8月4日

なんでも自分の尺度で人を計ろうとするから怒りの感情がわくのでないか。人を変えられるわけがない。変化とは自分に起っている日々の事実に怖がらずに目を向けることが出来れば、それが変化だろう。自分の尺度なんて怪しいものを信じて生きていたんだなとまずは気が付いてみる。天気、季節、気分におかまい無しに、朝からちゃんと起きて、学校なり会社なりにいくのが当然だろうという尺度を小さい頃からせっせと作ってきてしまっている自分こそを疑う。それでは食べて行けないよと人は言うだろうけど、そうやって真面目に社会に順応する人間ばかりになったところで「はい解散〜」ってなったらどうするか。もう半分以上がそうなってるから自殺するのじゃないか。頭をとっかえひっかえやっている嘘つきの亡霊に騙されて付いて行ってはいけないのだ。同じ騙されるなら地面にしっかり軸足を確保してそこからの景色を見る。それにはやっぱり自己モニタリングとしての毎日の日記や絵を描いたり、なにかを作り出すことによって、それらからフィードバックされるものを確認してないと、熱にうかされて彷徨いながらも、エアコンの部屋へ辿り着いた瞬間にそこから一歩も踏み出さないという一日が終わってたという日々を繰り返して一生も終わってたあーららという。このような支離滅裂、同じ事の繰り返しでかまわないからなにかしらの出力行為をして、その出力されたものを確認することによって、自分が何者なのかの手がかりになるかもしれなくて。ならなくてもいいのだけど、、自分というのはつまり人間ということでもあって、人間ということは家族であり、生き物すべてであって、すべてってことはこの世界とはなんなのかということであって。単細胞的な思考を百万回繰り返せばいい。ライちゃんかわいいなあ。。。もうすでに鳴っている音に、耳を傾けることをサボらなければいい。とか。だけどもう鳴っていないかもしれないよと勝手に決めつけて悲観することは簡単。簡単なのはどんな事でもつまらなかったというこれまでのどーしょもない日々を思い出そう。いやそんなつまらない記憶は忘れてしまっていいよ。
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by yuzzle | 2014-08-04 00:54 | 日記


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