MY NAME IS....

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まだ名前のついてないモノはあるのだろうか?たとえば「カラスが飛んでいる」というこの状態を説明しているのも名前の仕業かな。そこでは直感とかは邪魔者で「親切に理解させられているだけ」のつまらないカラスが飛んでいるだけで、ホントの本当にはその黒い飛行物体の何者も見てはいないのではないかしら。昔、親父の言ったショッキングな一言に「別に結婚する相手はだれでもよかったんだ」というのがあるんだけど、未だにインパクトを持っておれの頭に響き渡っている。小学生だったおれは「なんと無責任な!しどい!しね!」と思っていたんだけど、あるとき「なるほどなぁ」と、なにかを確認した。「だれでもいい」とか「絵なんかどーでもいい」とか一見すると誤解をされるような言葉には、一旦、自分を居なくして、というより自分が世界を構成している一部分にすぎないんだと、苦しいながらも考えようとするような、その行為を行為として純粋に感じて見ていたいという、つい言ってしまう照れ隠しなんでないかと。「今ここに居る」ってことが両親の個人的な意思とかイヤらしさとは別な何かなんだってことを表現しようとしていたのかも。まあイヤらしさがないと産まれてはこないんだけどね、へっへっへ。だからってわけでもないけど「描こう」とするイヤらしさにも個人的な名前が最初にべったりと貼ってあったりすると、ただただカラスが飛んでいるだけになってしまうし、作為的な子供も産まれてくるだろうし、そんで作為的に一生を送って、作為的な墓に入って。ごくろうさんだよまったくもう、なんて事になるんだ。
でもまあ説明すればするほど、名前が発生してきて、みたまま感じたままからどんどん遠ざかっていくのかも。カラス以外の何者でもなくなって、イメージが固定されて死ぬ。動かぬ死体だらけでどーしたらいいんだろう。
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by yuzzle | 2007-12-06 11:49 | text


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