カテゴリ:日記( 130 )

7月31日

夜のララガーデン、映画館から出て駐車場までのモールをサンダル大股でペタペタ、耳がビリビリ鳴る。一人で「風立ちぬ」観た。おそろしい映画。くだらないおれの期待がおもいっきし蹴っ飛ばされて目が覚める。ボカっと穴が空いた胸がスースーする。何を持ってしても埋める事ができない穴。このおそろしさの正体は一体なんだろう。これからの自分達の生活の不安?などではないよ。人生に意味なんか無いよ〜って言われた?うーん、違うなあ。もんもんとたった一人の移動の為にガソリンを使って進む兵器テクノロジー転用、快適な自家用車にて帰宅11時半。あ〜あ、おれの10年は無駄に過ぎてしまったのかあ〜なんて、ずるずるにやぶけた頭で眠れないハイテンション、ノートに向かうけど指とえんぴつに集中できるわけない。じゃあちょっとパソコンで検索、なんだったんだあれは〜?と誰かに解答を求めるも、ボロッカスに言う人が結構いて読んでて吐きそうになってしまい、やめりゃよかったと反省。人は人だ。作品は自分が見て感じたそのままを苦しめばいいだけだ。やれることは、いまここの地面から遡るやり方で歴史を学習し、それは過去に終わってしまった出来事なんかでなく、地続きの今日、おまえの責任に直結していると、勝手に励ましの言葉をもらいながら、もうだめと朝4時ころ就寝。涼しい今朝はきゃあきゃあ次々に飛び乗ってくる子供達の襲撃を受けての最高の目覚め、ねむてえ。会社では昨日の出来事をこうして回想しているだけのだめ社員。つまらない自意識なんか軽く飛び越える仕事をしないといけないやと(半)袖をただす。作品は贈り物。
[PR]
by yuzzle | 2013-07-31 12:52 | 日記

7月26日

この世界の有り様に悩んでいるような顔でその実、どうやっても悩みが持て無いという悩み。生きるアイデアが会社なこと。原発事故を無いことにしていること。その理由は便利、快適、電気も水も使い放題。家族ごと知らない土地でまたゼロからなんて考えただけで爆発しそうだ(ほんとに考えた??)。なによりも思考停止は楽なんで。今日の会社もどこからか送られてきた電力ビリビリエアコンで快適だよ。じゃあそれだと「とーちゃんはここに居るよ」と、本当に子供と交わす言葉を持てない。何気ない会話の中で毎回ここぞというときに目が泳いでしまっているのはそのためで。こんな思考停止状態に自覚すら持てなくなってきているのかな。どろ〜ん、おばけのまま立ち尽くすほかなくなる。極力人間(自分含む)を避けるしかない。

3月11日、揺れてる真っ最中に会社の3階でビビりながらも正直「あー、このままこの会社が建物ごと文字通りブッツブレちまえばいい、そうすれば(仕方なく!)職にあぶれられるのに〜」と、そう思い込みすぎてしまい地震の次の日は無断欠勤、会社から電話かかってきて「大丈夫ですか〜?」なんて。あなたこそこんなときに会社なんか行っちゃってて大丈夫なんですか!と訊き返しそうになったけど。そこから数日経って気が付くと、いつも通りのなんでもない毎日を過ごす自分となりタイムカードがっちょん。「何事もなかったかのように振る舞いましょう、いやいや、何も無かったよね?」という空気、同調圧力〜?、違うよ、人のせいにするな。鼻の穴から漏れ出た灰色が低空の雲となって頭を覆う。溢れ狂った4号バイパス、行き交う流れにバイクごと参加する日々。

地震で会社が崩壊することによって「無職だと家借りれねーの?じゃあ生活どうすんだよ〜」となって派遣社員を選んだあの時みたく、また受け身の困窮状態に陥れば、今回に限ってはそれとは違う独自な方向に動きだすしかない、などという災害任せの火事場泥棒な発想、今の行いに責任を置かない自分。これは、命令だからと(仕方なく!)人殺しに参加する人間の型だけを留めた何かと全くの相似形で。おれは絶対に殺さないからといっくら言葉を放ってみせても言葉とならない。それらしい文句だけ並べることは出来ても実際の行いから、オカネにこき使われようとするただのフォロワーなのがバレバレで。しかし自分から独自な何かを発信する、動いていくというのがなんでそんなにも大変でやっかいな事としてしまったか。ここからしか何事も始まっていないよという責任が持てない。今日もすぐに唄えない踊れないおれ。均一化されたモールをぶらつくだけで頭痛となる身体のことをもっと真剣に考える。地震や津波のような自然現象は仕方ないとしても、人間が作り出してしまった変てこな決まり事、仕組みに対しての「仕方ない」は許してはいけないし諦めてもいけない。己が存在していることから産まれてくる意見、言葉を持って表現としたい。(じゃあまず会社やめれ。ええ!!)
[PR]
by yuzzle | 2013-07-26 17:33 | 日記

7月11日

二時間すいみん二日めの朝、目玉へと繋がるコードのつけねんとこ、プラグが熱をもち、瞼の自重に重力を倍がけしてくる。ぼお、ぼぼー、ぼんにゃ〜り。そうだった終わってみた地点に立っていたという昨日、ただの人間(総監督)になっていたことの喜び。なんとか完了、絵に完成はない。会社を定時上がり17:30→首都高渋滞真ん中すり抜け魔人→湾岸夕日スロットル高回転→塩味の強風ベイブリッジの継ぎ目バイク怖い→磯子着19時、そっから夜中の1時までの6時間がぶっ飛んだ。水分しか入れてなかった空腹に気が付いたけどそのままキックスタート一発。磯子インターの料金所おじさんと会話。いっかい900円って国はいつからそんなにとるようになったのですか?だいぶ前ですよー、へえ おつりめんどーだからいっそ1000えんにするというのはどうでしょうか?今はETCだからね〜。おお、料金自動徴収システムにより本来のコミュニケーションとしてヒューマンごっこ遊びの在り方が個人責任追求型へシフト、より孤独死を推奨する社会になりつつあるというわけですぬあ。うるせーいいから早く帰れ。その間、約12秒。ご安全に〜、ありがとうございます。

カリスマクライアントも納得してくれて(納得しなかったら海底に沈めるだけなんだけど...)めでたしめでたしの昨日。じゃあやるかあと昨日の作業までの目の前に立つと「おえ?わるくないんじゃじゃい?」となって、それまでのだめだ殺してくれ感情とは打って変わり、だめなのは大分前に認めたはずじゃなかったかユズルよ、だめに決まってんだから、おまえはやれるだけのことをすればいいのよ?となってきて、まあおまえもいていいよな肯定、気が付いた時にはおもしろい時間の中で描いてた。壁面と外ガラスとの隙間という作業スペース、すべてがディテールだけど、全体像に繋がったディテール。全体像の確認には一度ドアを押し開けて外に出なくてならないので、きたない手で真新しいぶっとい木のハンドルを汚してもなんだしで、まあいいやとだいたいを壁面ノイローゼ接近作戦で攻めた。額縁の中で小人が絵を描いているようなイメージでおわかりか。だれに言ってんだ。そのわりに意識的にバランスはとっていたようで、後から考えるとこれはおれなんだけど、せこいな〜と思う。無意識にまかせるようなやり方、責任の所在をインスピレーションそのものとして本人は知らぬ存ぜぬなあれが化け物の条件だよなとも考えてみて、やっぱりどうしたって意識しちゃってるのかねおまえさん。同じ線の繰り返しばっかしがおもしろいか?おもしれー。困った困った♪(手を腰にスキップ)だけど、この辺りのいいかげん半自動的配置能力にはおまえ天才だなと思わせるに十分なあれでして、、自画自賛。まあね、誰にでも出来る。やりはじめさえすれば。こうして締め切りが過ぎたことによって強制的に終わってみれば、どんな適当ないいかげんなことでも偉そうに言えるってのは気楽だし気分がよいや。じゃあまあここで一句、今を詠んでおわりとします。

すきなときに すきなだけお昼寝ができる そういうものにわたしはなりたいパクリかよ
b0119183_18183692.jpg
     カケルくんサクライさんありがとう!
[PR]
by yuzzle | 2013-07-12 16:37 | 日記

7月10日

暑さにも、熱さにも、プレッシャーにも、待ち時間にも、死んだ昨日。会社さぼって朝から優雅に食事、朝のドラマもゆっくり見ていらついて、いつも見送ってくれる子供達を逆に見送るというスタイル。じゃあしょうがねえ絵道具の準備すっか。金曜オープンの磯子のカケルくん新店舗壁面に描き旅行。生温い風にブロワーされながら首都高渋滞→湾岸ミッド、まっ昼間。潮風がベタベタと心地よい。よくない。ディーゼルメルセデスは最後の最後にウインカーが点灯しなくなるという小トラブル以外は快調そのもの(ヒューズボックスを空けてコロコロすると直るよ)永遠回転機関Mr.ディーゼルがどこまでも転がっていく。お昼頃に現場に到着したのはよかったけど。まだ内装工事やってんじゃーんとなって、話が違うじゃねえかと店舗向かえの路上に座りこんで、コンクリートの熱をケツに感じながら入り口壁面とにらめっこ。バスがおれの足の指先ギリギリをかすめて通り過ぎても気にしないどんどんノートにアイデアをぶつける。だけど全然ぶつかってこない。困った。困ったら歩けばいいおれは、磯子森周辺を炎天下に散策。エントランスからお庭へと続く木々と一体となってしまったいい感じの昭和初期の建築をみつけて思わず「うわー」和洋折衷のすげえやつだあと感動しながらも通り過ぎ、かつての海底を想起させる起伏のある裏路地を行く。車も通らないところで独り警備おじさんとひとり散策おじさんがやるせない視線を交換「やばいですね〜」「ですよ〜」「がんばって下さい!」言葉も交換。そして一気に斜度がきつくなっていく住宅地を登っていくと、森浅間神社南参道の入り口の生い茂った奴らがおいでおいでしてた。5年前、まだおなかにハルがいたころかあちゃんも一緒にお参りしたっけかね。おそろしく急激な階段を独りよじ登る。こならやくぬぎの木が急斜面にゆーったりと腕を広げている。それにしても東京タワーの恐怖にくらべてなんて心地よい恐ろしさだろう。木陰の土に吹いている風は涼しいに決まってる。階段を登っているときには必ず真下から背中をしっぱる奴の存在が気になる。ここでしっぱられたら、奈落!という己の恐怖心そのものなのかもしれないけど。あいつがもののけ姫とか作っちゃうから、本来身体が知覚している何者かが視覚化され、もうそういうのは一律にコダマ!トトロ!としかおもえなくなるというブランドの強制力。それでしかなくなってしまうというのは可能性の限定。だけど宮崎駿はなんで知ってるんだろう?って完全にジブリの罠にはまっとるやないけ。

床ワックスがけ完了してから描き始めたのが夕闇がせまったちょっと涼しくなってから。だけど、やってもやってもおもしろさの欠片もやってこないという。追い込まれたカエルの脂汗ってこれか。アタマまっしろのまま、もう「全然終わらねーよ」という言葉に取り憑かれていた。簡単に絶望できる!死にたいというよりもここから今すぐに居なくなりたい!ナウ!!という発見。ここで完成、まあいいだろうという場所から見ている総監督が言うには「だからあれほど言っただろ、やり始めたってことはやり続けろよ」腕組みしながら立ちはだかって睨みつけているという時間。小さな壁面に詰め込みすぎた元々の思いつきが今更ながらに憎い。昼間のおれの着想ばかやろう。午前0時もまわったころ、持ってきたクッキーとお茶以外、朝出てから何も口にしてなかったことに気が付いたけど空腹ではなかった。ただの疲労。きれいに真っ白だった壁面が汚く絵の具だらけになっただけだった。真夜中の横浜工業地帯のプラントの煙突から炎がゆれてる。気が付くとシーンは家の静けさの中。シャワーでベタベタを洗い流すと眠い眠いねずみ。寝室では布団におもいおもいに点在する子供達、タオルケットをかけてやったのが3時を回っていた。そして終わってないので今日も会社終わってからそのままバイクで磯子へと向かう。どうやって仕上がるのかね。総監督のおもうがままに。カリスマ美容師カケルくんのトリプルエフ新店舗はいよいよ明日オープンだがね!どやさ〜
[PR]
by yuzzle | 2013-07-11 17:20 | 日記

7月9日

TVの映り具合の点検です〜と来たおっさんの勧誘にまんまとはまり、ネットの回線をそこのケーブル会社にやり直したら、工事の翌日からネットに接続されていませんアラートが出まくって繋がらなくなった。サポートに電話しても「おまえが用意した無線LAN機器の不具合が考えられますので、その会社のサポートに問い合わせてみろよばーか」とかでめんどくさいのでそのままにしてある。ちゃんと電話で会話の出来る人間ならばここでぶち切れるのだろうか。そんなわけで金曜からネット無し生活。(この日記は会社の端末でタイプ→アップ。仕事しろ)それにしても普段、家に居てまでも、なにげなく依存症的にモニターを見ていたのだなあと気づかされる。こんなことをストレスに感じているぐらいじゃダメだなと思った。これをいい機会にネットやめてみようかとちょっと考えてみる。

日曜は前の日にキヨが4歳になった記念として東京タワーに登ってみた。みんな初めて、かあちゃんはエッフェル塔に階段でよじ登った経歴からか、どーせならと暑いのに外階段を選択、おれはもちろん同意。しかし、それでおれは高いところというよりも、巨大建造物が怖かったのだと再認識。岸壁との隙間、揺れているのが僅かに確認できた!というどでかい船舶、鉄橋、ダム、これらに対する おえ〜吐き気はどうしたもんだろう。東京タワーの存在は知ってるつもりだったけど知らなかった。あれほどまで おええ〜となるとはおもわなんだ。ハルもキヨもまるで平気に登っていく。鉄骨の隙間に見えるハイスピードな景色とのコントラストに腰骨がくらつきまくる。おれはインサイド、インサイドに視点を持っていくようにライちゃんをおぶりながら力の入らなくなったガクガク足で歩を進める。視線がアウトに行くたんびにひっくり返りそうになりながら、、、はらがえぐられる。身体を進めれば進めるほどにガクガクも増大していくという、そのものズバリの負のスパイラル階段に何やってんだばかやろうと吐き捨てながら。大展望台では部屋!というのに、その恐怖も若干弱まり、やっぱり外界と隔離された空間となっていると違うのなあと少しの安心。絶対の安心ではない。もうヤケクソ、そこからさらに上のパノラマデッキへと今度は高速エレベーターアクション。ガラス張りの小部屋、上昇途中にワイヤー切れて落下、昼間の大惨事!という見出しが踊ってるのに顔だけは笑顔でオーライ。なんてこった。ここまででかあちゃんは「それがどうしたんだ」という堂々たるもの。すげえな、頼もしいな。これが人間にとっての異常事態なんだとしっかりと警告してくるボディってことでおれはこれでいいのだとひとり納得しながら、これが平気だと言うみんなの不感症に心配をしているというおせっかいただのビビリ軟弱おじさん。それにしても1950年代にこれだけのものが建って、今も稼働してるという。おそろしいことだ。スカイツリーにしたって、明石海峡大橋にしたって、ここから1000年後、どうなんだろう。知ったことかじゃまずい。最低でも1500歳くらいまでは生きてやろうかと思ってるので。

帰りはキヨが階段やだ〜っとなってしまったのでかあちゃんとハルだけが階段で、キヨとライとおれはエレベーターで降りる。タワー下の屋上(?)で待ってる間、ミニ遊園地の誘惑にそわそわのキヨとライ、じゃあしょうがねえと財布を出そうと肩掛けに手を突っ込んでみて「あれ?」よーく突っ込んでぐるぐるしみても免許証の入った2軍財布と水筒、少しの着替えだけで、きれいさっぱり無い財布。「すられた!」目の前が真っ白になっていると真っ白な視界の中にぼんやりとキヨは確認できるのだけどライちゃんいねえじゃん!!となって走って探すと遠くの飛行機の乗り物の階段をよじのぼり、今まさに中に入ろうとしている赤テーシャツ発見!急いで捕獲。財布は結局、車にあったのだけど、おれの最初の感想が「すられた!」だったことにダブルショック。かあちゃんにも「なんだかんだいっつも偉そうに言ってるくせにおまえが一番人間を信用してないんだ」と言われて、ぐーの音も出ねえとはこのことだ。

そこから精神が凹んだまま自由が丘へ移動。移動中みんなのブレーカー落ちる、寝息。キヨ用のスケートボードを物色しに某カリスマ店員の居る某エムアンドスミスへ到着。相変わらずおれの会話がスムーズにいかない病をそのままに、ひきつり笑いを浮かべながら店内をうろつくノイローゼ。ハルは家化した最新式デリカ(この時期エアコン無しメルセデスはかあちゃんに却下される)の中で引きこもりを決め込む。おれだって引きこもり病気ファミリーでもいいじゃないかと開き直ることが出来ればいいのだけど、そこはまあ基本仕様がそれなんだったら仕方ない、受け入れよう。キヨは明るめの木目しみ込ませミドリのデッキをチョイス、これにおれがシルクで消防士をプリントすることで話は決まった。マウントが黒でシルバーハンガーのトラックにライトグリーンのウィールが渋いぜカッケー、完成だぜ。後は遊ぶだけだぜ。そうかキーちゃん4歳かと驚くと同時に今がすべてなんだよね!ぎゅうーっ、、肋骨が潰れる一歩手前まで抱きしめ固めながら「おめでとう!」ただの迷惑パパ。そうだった、おれとしては子供達には「とーちゃん、かーちゃん」と呼ばせようとしてた歴史があるのだけど、最近はライが「パーパ!」言えるようになってしまい、これが異様にかわいいのであっさりとパパ許可。「ライちゃんママは?」しばらくして「マーパ」だって。これも異様にかわいい。
b0119183_2345295.jpg

[PR]
by yuzzle | 2013-07-09 16:20 | 日記

6月24日

朝から一日中のぼけーっとした月給取りの時間をやり過ごしてからの帰り道、日が延びてるのでまだ明るい。信号待ち、けだるいオレンジ色トレーラーの頭だけが4号線を北上している。あきどんから譲り受けたXRも4万9000キロを越えた。そろそろまたオイル交換。家の敷地内にエンジン切って惰力で進み入ると、中からバタバタという気配を感じると同時に玄関の網戸の隙間からにっこり顔が覗き「とーちゃんおかえり!」かわいいキーちゃんの早口をそのままの高音質で録音して世界遺産に登録した。

どんなことをきっかけに動き出せるのか、もうそろそろわかってもいいのにと思うけど動き出そうともしないのね。繰り返される日常の堕落的雰囲気にすっかりやられてしまった人間の生活には雲がかかっている。とでも言っておくの?麦酒を数本飲むと余計に曇ってしまったよ。この冷蔵庫にあるだけの麦酒が無くなったら、ほんとにもう飲酒をやめると宣言したのに一向に無くならない麦酒。コルヌコピア、無尽蔵に提供され続ける麦酒。うまい麦酒。だがそれは罠だよ?夕食はひき肉のカレーを庭のコンクリにテーブルと椅子を出してみんなで食べる。暑くもなく寒くもなく、梅雨真っ最中にして「秋だね」忘れ物のサングラスを取りにきて同席することになったジョージに同意を求めるも苦笑い。ジョージはミニランプで期待通りのクラッシュ、演目の「植木に突っ込む」を軽々とメイク。かあちゃんに父の日にいただいたホソノさん3部作のレコードを6面全部クリアすると、あとは風呂に入って「いやいやえん」を読んで眠るだけだ。いつも途中までで最後むにゃむにゃ〜ってなってハルボンズに「ねえもーちゃんと読んでよ!」怒られるところ、昨日は最後までお話に集中できた。どじなオオカミのお話。
b0119183_13295499.gif

[PR]
by yuzzle | 2013-06-25 17:46 | 日記

6月19日

今月末、おまえの死刑執行の日となったよ。それとも心臓の不調でもって長くてあとひと月の命ということが確定したよ、とする。としたところで、おれは何に向かって動き出せるかというと動き出しもしない。ただ生きているという事実以上の事実を見つける必要などあるはずがないだろ?疑問、質問、その他一切の受付を閉め切りました。さあ、あなたは何者をも、自分すらも疑わずにそのままそこにいればいいだけなのです。現状に満足しきっていることを認めた呼吸をつづけていらっしゃい。死ぬまでそうやってろぼけかす。と言ってくる。冗談じゃねえぞ、なんにも信じねえからな。毎日がたいくつで今すぐ死にたいぐらいなんだ!という甘えた寝不足の意見に対して子供達がおいかぶさってきてあそぼうあそぼう言うので「君たちよーく聞いとくれ、とーちゃんはもう長くはないのだよ、さようならだよ」、、ハルボンズが真剣ともふざけてるともとれる顔つきで「大丈夫よう?しなないよう?」覗き込むといった具合。

子供が大人に対して夢(憧れ?)を持つだろうという、大人側からの一方的な思い込み。自分が持っているおしつけ的な態度が気になって。将来の夢は?という愚問「私の夢」という題名の希望に満ち溢れたどーでもいい絵、作文。そういうのはもっと大きくなってから夢(けちな物欲)を勝手に持てばいいよ。たった今だけが夢中の人なんだってことが抜け落ちていると子供との対話、遊びが成立しない。。。しかしハルボンズ(キーちゃんまでも?)のある部分はもう物欲の人かもしれない。日本銀行券というゲームチケットの存在が国語能力の向上(浸食?)トイザらスと共に忍び寄る。じゃあ大人が夢そのものを自覚しながら会社へ行くことは可能かね?オカネとタイムカードでがんじがらめなのはよくわかった。わかったけど、今のおまえはそこからしか思考できないし、それ抜きでの思考の意味も無い。現実と夢が対応していることが歩を進める絶対の条件。あ、どこいくの?

と言うような、相も変わらずの月給取り現状に納得いかずのもがいてる風ミートドリアな様子だなミスターYよ。おまえが言ってる現実というのはどの現実のことだい?ユメ??あんまわらわせんなよ。えーっと、そうだそうだ、昨日みんな寝てから散らかってる部屋(絨毯にマメが吐き出した痕跡など)を眺めてぼーっとしているといきなり心臓がギュー!っと締め付けられるように痛くなってきて。これまで何度かなったことあったけど、昨日のはさすがに「おれもしぬのか」という勢い。丑の刻参り?だれが?ってぐらいのギュー痛さ。怨まれるようなことしたかな?してるか。してるな。この場合のお面は能面ではなくてオキツネサマなんだ。。などと納得、覚悟すると同時にすーっと痛さが落ち着いてきてそのまま朝方まで描く。じゃあ検査か?いやだな。病院は病気をこさえるに充分なパワースポットでもあって。長生きがモットーだけど明日死んでもいいやという同時進行。生まれつきの仕様が無責任なのにわざわざ責任をこさえて苦しまなくてもいいじゃんね、余計に死期を早めるだけだろとか反抗的おじさん38ちゃい。それよりもロボットユズルとしてのメカニズムに興味を持つ。ってことはまたギューなるようだったら検査かな。でもやっぱし嫌なのでかあちゃんには黙っていよう。生命保険おじさんが笑顔で笑わず、ジーっ見つめてくるような昼下がりには、脳ではなく心臓でものを考える。
[PR]
by yuzzle | 2013-06-20 17:32 | 日記

6月9日

真面目にぶち抜けてる「みため」に接近する機会があると、しめしめ、そこからやる気をもらえるかと思いきや、逆にその表面にやる気が吸収されてしまい、自分が真面目だと思って取り組んでいる表面がたちまちガーンゴーンと音をたてて倒れて崩れて。なんだ、おまえなんか居る必然が全くもって感じられないやとなってしまい、じゃあもうこんなの消しちゃえ〜と消しちゃう。佐々木マキの原画なんかみるもんじゃないよ。こんなのをみちゃった後、もうほかに絵の仕事などあるはずがないやという体験。色。いつも絵本を読み聞かせているだけで、何ひとつ観てもいなかったという事実。だけどおまえなんかは事実を前にどんどん打ちのめされてけばいいよと思いなおす。真面目でありたかったらそうやって現実にぶつかって鍛えてくしかねーね。そうしたうえで夢をみる。みれんのか?やまからきたペンギンの原画一枚だけ飾ってあったとしても一時間そこにいるだろうけど、ほかにもたくさん、たくさん、観すぎちゃう眼力だけで穴を空けてきたのだぜ。ザマーミロ。入館料100えん。武蔵野市やりますな。

久々の吉祥寺にはスムーズにお昼頃に到着、いつもより2ブロック手前の住宅街100円パーキングに余裕で停車、寝ていたライちゃんをベビーカーにのせて歩き出す。サンロードの入り口、休日ということもあって結構な人出。うわあこんなに歩きにくかったかなと思ったけど、なんだ、ガキ3個も連れてりゃどんな街でも歩きずらいやな。まずはハルが「しょんべん〜」でSEIYUの2階へ駆け込む。そこで入れ違いにすれ違ったおとこ、当たり前のように幼なじみのサックスマン、キョウ氏であった必然にやあやあ、ごあいさつ。こっちは春日部から、彼は嵐山から、この場所、このタイミングにでっくわすという空間事故?ドッペルゲンガー?のお祝いに、薄暗い階段踊り場で記念撮影ぱしゃ。何事も無かったかのようにじゃ〜ね〜と別れて井の頭公園へ。サンロードの一行、のろのろ奴隷の行進、流れに歩を進める。駅前で街頭演説しているのは311当時、日本の首相だったお方だなあと、真横をするするっとスルーしながらも今日一日分の「放射能」という言葉をあびる。

かあちゃんが握ったオカカおにぎり弁当を電車を見上げるベンチで井の頭線顔色当てゲームをしながら食べる。子どもだった頃、姉とここで半日「ぜってえ次むらさき、いのちかける!」顔色当てにハイになってた記憶がゆらゆら〜、木漏れ日はきらきら〜。「世界はこんなに美しいのに...」まんがナウシカの台詞であったかね。このタイミングでビール、と思ったけど氷の入った水筒のお茶グビ〜、こんなにおいしいのね、お茶〜と邪念はすーっと引いていく。

当然「とーちゃん、あれ(ボート)のりたいよ〜」となり、じゃあまあ休日だし、並んで待つようだったら諦めるのだぞという提言には一切耳を傾けない様子のふたり、ずんずん早足となる。船着き場にくるとそのまま乗れる状況。あ”〜しょうがねえ乗るか、と乗船券発券機に銭っこ突っ込み、かあちゃんとライちゃんを岸に残した我ら3人水上の人となりにけり。クランクペダルは、子どもだと届かない、おれだと窮屈、まあおれも一応自転車乗りだから負けねぞ〜と漕ぎ出すけど5分も漕いだら汗びっしょりふとももぷるぷる。ハルもキヨも静かに盛り上がりきゃっきゃ。遠くの橋でかあちゃんが手をふっているのが見える。どんより濁った明るい水面のちょい下からどすオレンジ色の鯉ゆら〜り近づき、そのまましばし並走。

子ども達の土ぼこりまみれになった手と足だけを丸井のトイレで洗わせてもらう。どこのシャレたお店にも入らずに、そのまま武蔵野市立ミュージアム佐々木マキ見本帖へ「あ!(やまからきた)ペンギンだ!」静かな会場にキヨの早口が響く。お土産の絵本、あれは諦めよう、これも諦めよう、で、5冊にしぼる(かわいいマグカップも...)だいぶやられちまってんなあと思いながらも財布を軽量化。セブンイレブンのアイスコーシーを二つと子ども達今日がんばりましたジュースを買い、それぞれがそれぞれを手にクレープ屋さん「サーカス」まで辿り着き、しばし並んでから、振り出しのSEIYU前のベンチを占領、いつものチョコアーモンド、ラズベリーなどむしゃむしゃ食べる、まいう。となりのベンチに老夫婦がよっこらせ、ニコニコでライちゃんとアイコンタクト。さよなら〜、まっすぐ車へ戻る。

帰り車中、細野さんの新譜からレディオアクティビティ is in the air for you and me〜♪ ゆっくりと流れてくる。街を歩き、池でボートを漕いで、佐々木マキ原画にやられて、心身ともに疲れ、ぼやけた脳みそが道路に溶けてゆき...。なんでもない日常を過ごしているようでいて、たった今だってアスファルトの下は当たり前に土なのだ。車に乗り、あっという間の移動を平気にやってのける自分達は何者なんだろう。ルームミラーでみんなのすやすや〜を確認。ディーゼルメルセデスのでっかくて細いハンドルで走る。まだ明るい、だいぶ日がのびた。
b0119183_112489.jpg

[PR]
by yuzzle | 2013-06-11 03:12 | 日記

6月7日

いつものように、かあちゃんが食器を洗った先から拭いて食器棚に戻して、を繰り返しているとライちゃんの笑い声とも泣き声とも聞き取れる声が間隔をおいて何度か聞こえてきた。ライちゃんの目の前にはハルとキーの二人が座った背中が見えた。突然「なにやってんの!」悲鳴のようなかあちゃんの怒号が鳴り響き、2人ともカッチカチに固まってライちゃんだけが大泣きしていた。ライちゃんが擦りむいた膝の傷を二人が指で押してみて、その度にライちゃんの反応をみる、という「お遊び」をしていたのだった。おそろしいなと思うと同時に、やっていいことわるいことの基準って人間の勝手なんだよなと。太古からの本能に少なからず従って生きてる(であろう)子ども達の動物をのぞきみてしまったような。その後も散々に怒られてる二人を見ながら頭の中では禁じられた遊びを弾き始めていたおじさんなんだけどね。

比較的精神状態のいいときは(なにと比較してんだろ。38年間の実績?比較的という言葉を使ってみたかっただけだろ。そう。)ツイッターなんか開かないで、なんかしらやってるか、ぼけーっと集中?してて、それ自体をさっぱりと忘れてしまう。よーするに存在が充実しきってる。(リアルに充実してる「リア充」って言うらしいぞ。既に死語?)それが不安定、不安になってくるとブログにどばあっとゲロはいたりツイッターでだらだら連投、タイムラインがオレ色に染まっただろばかやろこのやろなんて迷惑行為。だけど安定も不安定も常にどっちもあるってことなんだろうと思う。きまぐれがいいな、きまぐれあまのじゃく、なんやそれ。何かを決めてしまって、それに従うというのはある意味楽なのかもしれない。楽だけど、決まってることには違反(さぼる)がつきもので、真面目なのでちょっとした違反行為が罪悪感となって少しずつ降り積もって、いつの間にかどろどろに滞積しちゃってて。そんじゃあもう決めなくていいや!ってのも決めてることになるし。べつにご飯も三食たべる必要ないって言えばそうだし。今日は獲物とれなかったから、マーブルチョコ3粒づつだよとか。おお今日の君は赤がみっつ揃ったね!とか、そんなんでいいのかな。だめか。

頭のなかにあるものが、そのまま出てくるわけじゃなくて、イメージと違うなあ〜ってなるに決まってる。だけどその違ったイメージに、それかあ!なんて気がつくおもしろさがある。結局はやり直すんだけど、無駄ではないイメージ。イメージ?違え〜な。元からあるんだよ。イメージなんて言うといかにも自分がゼロから創出したみたいな気分になってくるけど違う。イメージは元々あるものだ。そこにアクセスできるのかおまえが?(パクってこれるのかよ?笑)というクエスチョンマークのことだよ。だけどイメージがおれを求めてやってくるんだよって思える精神状態はなかなかいいよ。出てきたものに対して、おれが悪いわけじゃなくてやってきたイメージ次第ってことだからねって言える。だけどそんなものやってこない。やってきたにしても、出来上がったものを見返して、錯覚だったかという。錯覚でよかった、錯覚だからこそまた手を動かしていけるのかもしれない。

しばし休憩(仕事が入ってくる。。。)

白昼夢に死んでるはずの人が出てくるってことがよくあるのだけど、今のがまさにそうで。そんなもんおめーの脳が寝不足でショート起こしてるだけだろって事だと話は簡単でいいけど。今みた一瞬の夢の会話を再現してみるとどうやら本人は自分の死を認めたうえで存在している様子で。たぶんおれもそこでは一度死んだ(同化?)と思う。生きてる状態、死んでる状態、人間が見た事だけで決めてしまってるだけで。霊感なんて特別な能力みたいにおもわれがちだけど、霊感のない生き物なんかいない。ただ、自分で引いた境界線が溶けだすポイントに帰ってこられるかどうかの違いはあるのかな。おばけなんか見た事無い〜って場合は鏡をみてみましょう。そこに居る自分とは一体、ほんとうには誰なのでしょうか。
b0119183_17195665.jpg

[PR]
by yuzzle | 2013-06-07 17:20 | 日記

6月6日

どうやってみても半端で、不真面目を続けてなくちゃいけなくて、さぼってる毎日。生き物のパフォーマンスを2%も発揮できていないという瞬間に我慢ならなくなってきて。なにかきっかけが欲しいのかな?でもそれは甘ったれだ。だけど締め切りがあると動き出せんだけどなあなんて。やっぱしなんにでもタイムリミット、あってよかったね!という。でもそこで死んでしまうわけでもなく、完成したような中途半端の山、また山。。。(そんなものを売るなよおまえ)外からやってくる楽しそうなものに安易に近づいてしまうと、たちまち依存症。情報過多。液晶はどうせなんの参考にもならねーし、むしろ邪魔。おお、おまえの何を邪魔するというのか?邪魔されて困るようなものでも持っているとでも言いたいのかね?いえいえ、てまえ、そんなたいしたもんじゃあございやせん。けれど何も持たずに、どうやってここに生まれつきますか?え〜い、だまれだまれ。

平気な顔しておもしろかったーなんて、わざと騙されているとほんとに騙されてきてしまい、何が基点となるのかを見失ったあげく「ま、いっか」なんて忘れてしまう。そのような状態を思い出そうとしても、もうほとんど思い返せない。つーかどうでもよい。それこそ死んでる。未知なるものをわからないそのままに捕まえてこなくてはつまらない。その捉え方の練習として絵を描いたり、日記を書いてみたり、音楽、踊って、太鼓を叩いて?でもトレール、土いじり、BMX。そうだった土に触れていると何にも忘れてなかったやと一人ニマニマ笑う。錯覚?だけどそうやって、手、身体をある程度動かせてくると、ほんとうを捉えることなんか出来っこない〜ってことが、ああやっぱし、わかってきてしまう、わかってくるってことは、そこがおもしろさの入り口となる?

そこまで来て、そのまま行けるとこまで進めばいいよ、死んじゃえばいいよってそのひと(誰だ?)は教えてくれているのに、朝がきてしまうとやっぱり会社に向かうんだよこいつはよ。狂ってるのだよ。平気な顔してシャツに腕を通した一見まとも、ふつーおじさん狂ってる。楽する為にやめないでいる中産中流中毒症状。水汲みに行かない代わりに、蛇口から水が出るために何の考えもなしに、ただ毎日そうしてるからということだけで自動的に会社へ行く。わずらわしい計算とかいやなので、何が何やらわけわかぬまま税金納めてる。自動引き落としで!

生き物が生活することで生まれてくる無数の仕事がある(あった)ことに気がつけばいいだけなのにわざと知らないフリをして。そんで企業まで辿り着くと仕事をしてるフリまでしてる。オカネが見えなくしてしまっている世界、オカネが見せてくれる世界。どっちも好きになれればいいのにな。会社に行くようなおれはオカネが見せつけてくる世界だけに毒されすぎてて、大人になったときの夢?と訊かれて「大金持ち」と反射的に応えてしまうような悲しい変態。そんなんカネが無くても遊んで(働いて!)られる毎日だろと答える顔面がひきつってるか?
b0119183_16142840.jpg
サービスが繋がりではなくなって、提供されて当たり前。おれはカネを出したんだ。客だ。といった安っぽい意識が時間を切り売りする。そうじゃなくて、おれには到底出来っこないことを誰かがやってくれてることへの気づき、リスペクトが回り回って自分がやるべきことを教えてくれる。くれねーか、くれねーな、そんな甘くねえか。まあ、だけど、そんなけちなサービスを提供されたり、自分も労力を出し惜しみし続けていると、そのまま使われずに死んでいく世界のパフォーマンスに呪われて早死にするよって。違った、死んだままいつまでもぶくぶくと生きていなければいけないんだった。ぶくぶくぶく。
[PR]
by yuzzle | 2013-06-06 15:36 | 日記