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I LOVE HARRY

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お昼過ぎの暑いさなか、汗かきかき、やっとこさっとこ"FLYING SAUCER 1947"を手にしたぜい、ふー、あぶねい。なんたるこった。5回聴いて、車で1回聴いて、カレー喰ってから帰って3回目きいてるけどさ、なんたるこった。泰案洋行からPHILHARMONYが時空を越えてつながったぞ!ってことを証明してるような!?ステキなアルバムだ。なんだなんだこのヒップなサウンドは!まぎれもなく「BODY SNATCHERS」じゃないの、触手ヌルヌル...。「夢見る約束」のUAもまたなんたるこった、良いなぁ。「FOCAL MIND」かっけえなぁ、そして、なんといい詩なんだろか、まったくホレボレするよ。幸せだ〜ハッピーだ〜♪ これからまだまだ聴いてくよ。
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by yuzzle | 2007-09-28 22:08 | text

SMASHED THE STATE

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アイデアとか技術とかをただ並べて上手くやってみても、そんなのはおもしろくもなんともない。と思う。ってことはそれ自体はまあ、どーでもいいのだ。と大胆に考えてみる。絵でもライディングでも音楽でもなんにでもあてはめてみよう。うーむむぅ。そんじゃあ、おもしろいとかカッコいいってなんだろね。ただ「おお!すげぇ」とか「うーむむ」って感じだもんね。そんなのが世界にあったんだ!って気がつくことかな。「じゃあさ、おまえはなんなんだい?」と問題を突きつけてくるような..。なにを隠そう、昨日はやっとこワタリウム美術館でBARRY McGEE展をみてきたずら。くらっくらした。
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by yuzzle | 2007-09-20 15:08 | text

THE KING

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王様のお腹が空いていたならば、海も、山も、森も、おかまいなしだ。
そこへピンク色のブタがトコトコ歩いてきて「ボクのこと食べてもいいよ」と笑いました。

あれよりもっとでかい建物を建てるみたいね。WTC跡地にはもうなんも建てちゃだめなんじゃないのかな? 
でもやっぱりお金のほうが重要か。独りのブタの意見を聴いてみようなんて王様はいないか。

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by yuzzle | 2007-09-11 12:45 | text

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ほんとはそこに置きたいけど置かないことがいいみたい。ただそこに置きたいってだけで置いていってたら、それはただ同じことの繰り返しだ。置きたいけどあえて置かないところに意外性だったり楽しさだったり、多様性が入り込む余裕が出来るのかも。でもついつい置いちゃうんだな、個人的なこだわりみたいなもんを。どんどんそぎ落としてシンプルにすればするほど難しい。ごちゃごちゃ沢山のことで絵になってるのもいいようだけど、だいたいはすぐ飽きてくるね。そうしたいのは山々だけど、その中からこれとこれだけが出てきちゃってたよ。ってのがなんか楽しかったり、ウームとなって、感覚が広がるきっかけになることがある。だけど、いざ白い紙を前にすると埋め尽くしたい病がやってきちゃうんだけど、最近はそこはゴッと我慢して、なるべく自分と関係なさそうなのをポンと置くと「おや?」となったりすんだ。どんなに小さなことでもいいから新しい発見がないとすぐに飽きてきちゃうからね。
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by yuzzle | 2007-09-06 14:01 | text

価値個値(カッチコチ)

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価値あるものって何だろね。石っころが何百万円もしたり、オークションで億単位で作品が売買されたり。「価値=お金」は解りやすいし、的確かもしれない。でもさぁ、これでどの位すんの?へーそんなにすんだー。すげー。と「そんなにすんだー」のほうがすげー事となってしまってないかな?
こないだの個展で自分の描いた絵に値段(価値?)をつけるのは本当に大変だった。自分が死んでいれば「100万円均一ね」とか適当に言っとけばいいだけだから楽だけど、家賃とか払って、生活してる欲深い生き物だからね。苦しいところだった。相手も居ないのに、世界に向かって「この絵の価値はこれだけです」と自分でやるなんて狂った作業。終わったこと(作品)に価値は無いけど、なにか作品と自分が出会うようなことには価値が有るんじゃないかなとか、いっくら考えてもやっぱりバカなんだから、頭より手や足が知ってることに従ったらいい絵が描けるのかも。「価値なんか考えて絵を描くなんて終わってるな」と自分に言ってやった。

身の程を知らないせいで個展で絵は一個も売れませんでした。
関係者の方々には大変なご迷惑をおかけ致しましたことをここにお詫び致します。

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by yuzzle | 2007-09-03 22:53 | text

ego.eco.

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産まれて地球に居ることを奇跡と感じるか、不幸と感じるのか勝手だけれど、この時期に環八の渋滞とかにハマると間違いなく地球温暖化って単語がよぎる。エコロジーとか考えてるそばからこうしてパソコンの電源にエアコン、ステレオのハイワット、数えれば切りがないほど現代人だ。でもやめらんね。便利な生活、便利な石油製品。木ぶっ倒して地面にアスファルト敷いて、ガソリン使って、ほんの100年前には想像もつかなかったスピードで移動して、仕事して、楽しんで、楽しんだようで、仕事したようで、なんで空しいことが多いのだろう。だけど歩いたり、自転車に乗ったり、足の裏から身体全体に伝わるような体験は間違いなく地球上の事として近くに感じる(靴を履いていても!)。すだれ、打ち水、紙と鉛筆にギターに自転車。クルマで事故るよりバイクで転けたとき、バイクより自転車で転けたときの方が地面の凸凹が見える。「時間を無駄にしてはいけない」と言う脅迫めいた呪文のおかげで、妙に忙しく急いでいて、怒りっぽく、空しく、一日、一年も短く、地球の寿命も短くしているに違いない。まずは牛乳パックを開いて乾かして、スーパーにもっていこう。
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by yuzzle | 2007-08-28 10:30 | text

石っころ

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ひとつひとつ、河原のたくさんの石っころをひっくりかえして地面の型を確かめるような無意味そうな作業が一番大切じゃないかしらね。そして集団でやってくる奴等には「バーカ、アーホ」と言うのが、おっかないけど本当の仕事な気がする。まあ、集団の一部でいるのは楽なようだし、そこそこお金ももらえそうなんだけど、楽なようでいつづけると、いつのまにか平気顔で人と自分を殺してるかもしれない。絶対的な共感ってのは頭の中には無い気がする。共感っていうのはもっとこう、なんだろな、誰でも、どんなちっこい石っころでも宇宙に独りっきりで換えが効かないって感じ、かな。もっと寂しさを楽しまなくては世の中つまんね。
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by yuzzle | 2007-08-25 15:09 | text

televle

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自分の見ている世界が大好き。事故で沢山死んでも、次の瞬間踏まれて死んでも。
善悪みたいな感情で計れない世界。
太陽で葉っぱがキラキラしてるのとか。

どーにもならない悲しいことはホントにあるけど、いつまでも絶望してられない。
死んだらそこで終わりと思わないからだ。
肉や自分が終わっても楽しい時間はづーっと昔っからつづいていくような気がする。
だれの責任にもできないし、事実を受け入れて個人が感じていくしかない。
恨んだり、妬んだり、そんなのは大変だ。

テレビが言ってることは確かなようで、実はかなり脅迫めいてビビらしてくるよ。
なんでそんなにみんながみんな恐怖を好きだと思ってるんだろ?
感情的な報道のやり方が気になる。テロップで「惨劇!」とか、悲しいような効果音楽とか。
もっと事実を真面目にあつかってほしい。

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by yuzzle | 2007-08-20 16:31 | text

Bon Know

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1999年に地球は終しまいだって言ってたのにもう8年以上も来ている。
世界中の人間は自分がいかにも生きていると思っているかもしれないけど
一旦、終わっているのかも。1999年くらいに...。

でも終るってことは始まるからな。まーるいイメージ。
もしかしたら今地球で本当に生きてるのはミジンコとかミドリムシだろう。
だから、訓練で自分達の中のそういう部分に注目することが出来れば、
もしかしたら生きてる瞬間に「どかーん!」ぶつかって楽しくなっちゃうかも。

事実は曲がらないけど事実になるまでには「こうしよう」ってなったりするから
せめて絵とかはなるべくそういうのは無視したいものだけど、
どっこい煩悩がだまっちゃいないぜ。
「こうしようああしよう」とこねくりまわして死んでる瞬間を生きてるよ。

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by yuzzle | 2007-08-11 15:10 | text

おぼんでやんす

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「オバケがいる」となるんだけど。やっぱりそのほうが自然だからかな。ちょっとくらい不思議に感じていることも、オバケがいるとすることで納得してしまえたりする。いや、頭では全く納得してないのだけど、全体では納得せざるおえない。それは後から後から「なるほどなぁ」としみじみ感じてくるのだけど。

たとえば絵を描いたりするけど、描いた記憶がないときがある。半年くらいしてそのあたりのノートを見返してみると、自分では描かない(描けない)おもしろいのを発見したりして、「こんなのオレ描いたっけ?」となったりする。そんなときは「偶然の必然」と呼んでいるけど(...呼んでないけど)「ありがてーなぁーしめしめ」となる。だから「自分」って奴が描いた絵は大抵つまんない。

今からたったの62年前の今日、とんでもないことがおこったんだなぁ。

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by yuzzle | 2007-08-06 21:10 | text