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6月24日

朝から一日中のぼけーっとした月給取りの時間をやり過ごしてからの帰り道、日が延びてるのでまだ明るい。信号待ち、けだるいオレンジ色トレーラーの頭だけが4号線を北上している。あきどんから譲り受けたXRも4万9000キロを越えた。そろそろまたオイル交換。家の敷地内にエンジン切って惰力で進み入ると、中からバタバタという気配を感じると同時に玄関の網戸の隙間からにっこり顔が覗き「とーちゃんおかえり!」かわいいキーちゃんの早口をそのままの高音質で録音して世界遺産に登録した。

どんなことをきっかけに動き出せるのか、もうそろそろわかってもいいのにと思うけど動き出そうともしないのね。繰り返される日常の堕落的雰囲気にすっかりやられてしまった人間の生活には雲がかかっている。とでも言っておくの?麦酒を数本飲むと余計に曇ってしまったよ。この冷蔵庫にあるだけの麦酒が無くなったら、ほんとにもう飲酒をやめると宣言したのに一向に無くならない麦酒。コルヌコピア、無尽蔵に提供され続ける麦酒。うまい麦酒。だがそれは罠だよ?夕食はひき肉のカレーを庭のコンクリにテーブルと椅子を出してみんなで食べる。暑くもなく寒くもなく、梅雨真っ最中にして「秋だね」忘れ物のサングラスを取りにきて同席することになったジョージに同意を求めるも苦笑い。ジョージはミニランプで期待通りのクラッシュ、演目の「植木に突っ込む」を軽々とメイク。かあちゃんに父の日にいただいたホソノさん3部作のレコードを6面全部クリアすると、あとは風呂に入って「いやいやえん」を読んで眠るだけだ。いつも途中までで最後むにゃむにゃ〜ってなってハルボンズに「ねえもーちゃんと読んでよ!」怒られるところ、昨日は最後までお話に集中できた。どじなオオカミのお話。
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by yuzzle | 2013-06-25 17:46 | 日記

6月19日

今月末、おまえの死刑執行の日となったよ。それとも心臓の不調でもって長くてあとひと月の命ということが確定したよ、とする。としたところで、おれは何に向かって動き出せるかというと動き出しもしない。ただ生きているという事実以上の事実を見つける必要などあるはずがないだろ?疑問、質問、その他一切の受付を閉め切りました。さあ、あなたは何者をも、自分すらも疑わずにそのままそこにいればいいだけなのです。現状に満足しきっていることを認めた呼吸をつづけていらっしゃい。死ぬまでそうやってろぼけかす。と言ってくる。冗談じゃねえぞ、なんにも信じねえからな。毎日がたいくつで今すぐ死にたいぐらいなんだ!という甘えた寝不足の意見に対して子供達がおいかぶさってきてあそぼうあそぼう言うので「君たちよーく聞いとくれ、とーちゃんはもう長くはないのだよ、さようならだよ」、、ハルボンズが真剣ともふざけてるともとれる顔つきで「大丈夫よう?しなないよう?」覗き込むといった具合。

子供が大人に対して夢(憧れ?)を持つだろうという、大人側からの一方的な思い込み。自分が持っているおしつけ的な態度が気になって。将来の夢は?という愚問「私の夢」という題名の希望に満ち溢れたどーでもいい絵、作文。そういうのはもっと大きくなってから夢(けちな物欲)を勝手に持てばいいよ。たった今だけが夢中の人なんだってことが抜け落ちていると子供との対話、遊びが成立しない。。。しかしハルボンズ(キーちゃんまでも?)のある部分はもう物欲の人かもしれない。日本銀行券というゲームチケットの存在が国語能力の向上(浸食?)トイザらスと共に忍び寄る。じゃあ大人が夢そのものを自覚しながら会社へ行くことは可能かね?オカネとタイムカードでがんじがらめなのはよくわかった。わかったけど、今のおまえはそこからしか思考できないし、それ抜きでの思考の意味も無い。現実と夢が対応していることが歩を進める絶対の条件。あ、どこいくの?

と言うような、相も変わらずの月給取り現状に納得いかずのもがいてる風ミートドリアな様子だなミスターYよ。おまえが言ってる現実というのはどの現実のことだい?ユメ??あんまわらわせんなよ。えーっと、そうだそうだ、昨日みんな寝てから散らかってる部屋(絨毯にマメが吐き出した痕跡など)を眺めてぼーっとしているといきなり心臓がギュー!っと締め付けられるように痛くなってきて。これまで何度かなったことあったけど、昨日のはさすがに「おれもしぬのか」という勢い。丑の刻参り?だれが?ってぐらいのギュー痛さ。怨まれるようなことしたかな?してるか。してるな。この場合のお面は能面ではなくてオキツネサマなんだ。。などと納得、覚悟すると同時にすーっと痛さが落ち着いてきてそのまま朝方まで描く。じゃあ検査か?いやだな。病院は病気をこさえるに充分なパワースポットでもあって。長生きがモットーだけど明日死んでもいいやという同時進行。生まれつきの仕様が無責任なのにわざわざ責任をこさえて苦しまなくてもいいじゃんね、余計に死期を早めるだけだろとか反抗的おじさん38ちゃい。それよりもロボットユズルとしてのメカニズムに興味を持つ。ってことはまたギューなるようだったら検査かな。でもやっぱし嫌なのでかあちゃんには黙っていよう。生命保険おじさんが笑顔で笑わず、ジーっ見つめてくるような昼下がりには、脳ではなく心臓でものを考える。
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by yuzzle | 2013-06-20 17:32 | 日記

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THNX4GALE
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by yuzzle | 2013-06-18 06:44 | works

6月9日

真面目にぶち抜けてる「みため」に接近する機会があると、しめしめ、そこからやる気をもらえるかと思いきや、逆にその表面にやる気が吸収されてしまい、自分が真面目だと思って取り組んでいる表面がたちまちガーンゴーンと音をたてて倒れて崩れて。なんだ、おまえなんか居る必然が全くもって感じられないやとなってしまい、じゃあもうこんなの消しちゃえ〜と消しちゃう。佐々木マキの原画なんかみるもんじゃないよ。こんなのをみちゃった後、もうほかに絵の仕事などあるはずがないやという体験。色。いつも絵本を読み聞かせているだけで、何ひとつ観てもいなかったという事実。だけどおまえなんかは事実を前にどんどん打ちのめされてけばいいよと思いなおす。真面目でありたかったらそうやって現実にぶつかって鍛えてくしかねーね。そうしたうえで夢をみる。みれんのか?やまからきたペンギンの原画一枚だけ飾ってあったとしても一時間そこにいるだろうけど、ほかにもたくさん、たくさん、観すぎちゃう眼力だけで穴を空けてきたのだぜ。ザマーミロ。入館料100えん。武蔵野市やりますな。

久々の吉祥寺にはスムーズにお昼頃に到着、いつもより2ブロック手前の住宅街100円パーキングに余裕で停車、寝ていたライちゃんをベビーカーにのせて歩き出す。サンロードの入り口、休日ということもあって結構な人出。うわあこんなに歩きにくかったかなと思ったけど、なんだ、ガキ3個も連れてりゃどんな街でも歩きずらいやな。まずはハルが「しょんべん〜」でSEIYUの2階へ駆け込む。そこで入れ違いにすれ違ったおとこ、当たり前のように幼なじみのサックスマン、キョウ氏であった必然にやあやあ、ごあいさつ。こっちは春日部から、彼は嵐山から、この場所、このタイミングにでっくわすという空間事故?ドッペルゲンガー?のお祝いに、薄暗い階段踊り場で記念撮影ぱしゃ。何事も無かったかのようにじゃ〜ね〜と別れて井の頭公園へ。サンロードの一行、のろのろ奴隷の行進、流れに歩を進める。駅前で街頭演説しているのは311当時、日本の首相だったお方だなあと、真横をするするっとスルーしながらも今日一日分の「放射能」という言葉をあびる。

かあちゃんが握ったオカカおにぎり弁当を電車を見上げるベンチで井の頭線顔色当てゲームをしながら食べる。子どもだった頃、姉とここで半日「ぜってえ次むらさき、いのちかける!」顔色当てにハイになってた記憶がゆらゆら〜、木漏れ日はきらきら〜。「世界はこんなに美しいのに...」まんがナウシカの台詞であったかね。このタイミングでビール、と思ったけど氷の入った水筒のお茶グビ〜、こんなにおいしいのね、お茶〜と邪念はすーっと引いていく。

当然「とーちゃん、あれ(ボート)のりたいよ〜」となり、じゃあまあ休日だし、並んで待つようだったら諦めるのだぞという提言には一切耳を傾けない様子のふたり、ずんずん早足となる。船着き場にくるとそのまま乗れる状況。あ”〜しょうがねえ乗るか、と乗船券発券機に銭っこ突っ込み、かあちゃんとライちゃんを岸に残した我ら3人水上の人となりにけり。クランクペダルは、子どもだと届かない、おれだと窮屈、まあおれも一応自転車乗りだから負けねぞ〜と漕ぎ出すけど5分も漕いだら汗びっしょりふとももぷるぷる。ハルもキヨも静かに盛り上がりきゃっきゃ。遠くの橋でかあちゃんが手をふっているのが見える。どんより濁った明るい水面のちょい下からどすオレンジ色の鯉ゆら〜り近づき、そのまましばし並走。

子ども達の土ぼこりまみれになった手と足だけを丸井のトイレで洗わせてもらう。どこのシャレたお店にも入らずに、そのまま武蔵野市立ミュージアム佐々木マキ見本帖へ「あ!(やまからきた)ペンギンだ!」静かな会場にキヨの早口が響く。お土産の絵本、あれは諦めよう、これも諦めよう、で、5冊にしぼる(かわいいマグカップも...)だいぶやられちまってんなあと思いながらも財布を軽量化。セブンイレブンのアイスコーシーを二つと子ども達今日がんばりましたジュースを買い、それぞれがそれぞれを手にクレープ屋さん「サーカス」まで辿り着き、しばし並んでから、振り出しのSEIYU前のベンチを占領、いつものチョコアーモンド、ラズベリーなどむしゃむしゃ食べる、まいう。となりのベンチに老夫婦がよっこらせ、ニコニコでライちゃんとアイコンタクト。さよなら〜、まっすぐ車へ戻る。

帰り車中、細野さんの新譜からレディオアクティビティ is in the air for you and me〜♪ ゆっくりと流れてくる。街を歩き、池でボートを漕いで、佐々木マキ原画にやられて、心身ともに疲れ、ぼやけた脳みそが道路に溶けてゆき...。なんでもない日常を過ごしているようでいて、たった今だってアスファルトの下は当たり前に土なのだ。車に乗り、あっという間の移動を平気にやってのける自分達は何者なんだろう。ルームミラーでみんなのすやすや〜を確認。ディーゼルメルセデスのでっかくて細いハンドルで走る。まだ明るい、だいぶ日がのびた。
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by yuzzle | 2013-06-11 03:12 | 日記

6月7日

いつものように、かあちゃんが食器を洗った先から拭いて食器棚に戻して、を繰り返しているとライちゃんの笑い声とも泣き声とも聞き取れる声が間隔をおいて何度か聞こえてきた。ライちゃんの目の前にはハルとキーの二人が座った背中が見えた。突然「なにやってんの!」悲鳴のようなかあちゃんの怒号が鳴り響き、2人ともカッチカチに固まってライちゃんだけが大泣きしていた。ライちゃんが擦りむいた膝の傷を二人が指で押してみて、その度にライちゃんの反応をみる、という「お遊び」をしていたのだった。おそろしいなと思うと同時に、やっていいことわるいことの基準って人間の勝手なんだよなと。太古からの本能に少なからず従って生きてる(であろう)子ども達の動物をのぞきみてしまったような。その後も散々に怒られてる二人を見ながら頭の中では禁じられた遊びを弾き始めていたおじさんなんだけどね。

比較的精神状態のいいときは(なにと比較してんだろ。38年間の実績?比較的という言葉を使ってみたかっただけだろ。そう。)ツイッターなんか開かないで、なんかしらやってるか、ぼけーっと集中?してて、それ自体をさっぱりと忘れてしまう。よーするに存在が充実しきってる。(リアルに充実してる「リア充」って言うらしいぞ。既に死語?)それが不安定、不安になってくるとブログにどばあっとゲロはいたりツイッターでだらだら連投、タイムラインがオレ色に染まっただろばかやろこのやろなんて迷惑行為。だけど安定も不安定も常にどっちもあるってことなんだろうと思う。きまぐれがいいな、きまぐれあまのじゃく、なんやそれ。何かを決めてしまって、それに従うというのはある意味楽なのかもしれない。楽だけど、決まってることには違反(さぼる)がつきもので、真面目なのでちょっとした違反行為が罪悪感となって少しずつ降り積もって、いつの間にかどろどろに滞積しちゃってて。そんじゃあもう決めなくていいや!ってのも決めてることになるし。べつにご飯も三食たべる必要ないって言えばそうだし。今日は獲物とれなかったから、マーブルチョコ3粒づつだよとか。おお今日の君は赤がみっつ揃ったね!とか、そんなんでいいのかな。だめか。

頭のなかにあるものが、そのまま出てくるわけじゃなくて、イメージと違うなあ〜ってなるに決まってる。だけどその違ったイメージに、それかあ!なんて気がつくおもしろさがある。結局はやり直すんだけど、無駄ではないイメージ。イメージ?違え〜な。元からあるんだよ。イメージなんて言うといかにも自分がゼロから創出したみたいな気分になってくるけど違う。イメージは元々あるものだ。そこにアクセスできるのかおまえが?(パクってこれるのかよ?笑)というクエスチョンマークのことだよ。だけどイメージがおれを求めてやってくるんだよって思える精神状態はなかなかいいよ。出てきたものに対して、おれが悪いわけじゃなくてやってきたイメージ次第ってことだからねって言える。だけどそんなものやってこない。やってきたにしても、出来上がったものを見返して、錯覚だったかという。錯覚でよかった、錯覚だからこそまた手を動かしていけるのかもしれない。

しばし休憩(仕事が入ってくる。。。)

白昼夢に死んでるはずの人が出てくるってことがよくあるのだけど、今のがまさにそうで。そんなもんおめーの脳が寝不足でショート起こしてるだけだろって事だと話は簡単でいいけど。今みた一瞬の夢の会話を再現してみるとどうやら本人は自分の死を認めたうえで存在している様子で。たぶんおれもそこでは一度死んだ(同化?)と思う。生きてる状態、死んでる状態、人間が見た事だけで決めてしまってるだけで。霊感なんて特別な能力みたいにおもわれがちだけど、霊感のない生き物なんかいない。ただ、自分で引いた境界線が溶けだすポイントに帰ってこられるかどうかの違いはあるのかな。おばけなんか見た事無い〜って場合は鏡をみてみましょう。そこに居る自分とは一体、ほんとうには誰なのでしょうか。
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by yuzzle | 2013-06-07 17:20 | 日記

6月6日

どうやってみても半端で、不真面目を続けてなくちゃいけなくて、さぼってる毎日。生き物のパフォーマンスを2%も発揮できていないという瞬間に我慢ならなくなってきて。なにかきっかけが欲しいのかな?でもそれは甘ったれだ。だけど締め切りがあると動き出せんだけどなあなんて。やっぱしなんにでもタイムリミット、あってよかったね!という。でもそこで死んでしまうわけでもなく、完成したような中途半端の山、また山。。。(そんなものを売るなよおまえ)外からやってくる楽しそうなものに安易に近づいてしまうと、たちまち依存症。情報過多。液晶はどうせなんの参考にもならねーし、むしろ邪魔。おお、おまえの何を邪魔するというのか?邪魔されて困るようなものでも持っているとでも言いたいのかね?いえいえ、てまえ、そんなたいしたもんじゃあございやせん。けれど何も持たずに、どうやってここに生まれつきますか?え〜い、だまれだまれ。

平気な顔しておもしろかったーなんて、わざと騙されているとほんとに騙されてきてしまい、何が基点となるのかを見失ったあげく「ま、いっか」なんて忘れてしまう。そのような状態を思い出そうとしても、もうほとんど思い返せない。つーかどうでもよい。それこそ死んでる。未知なるものをわからないそのままに捕まえてこなくてはつまらない。その捉え方の練習として絵を描いたり、日記を書いてみたり、音楽、踊って、太鼓を叩いて?でもトレール、土いじり、BMX。そうだった土に触れていると何にも忘れてなかったやと一人ニマニマ笑う。錯覚?だけどそうやって、手、身体をある程度動かせてくると、ほんとうを捉えることなんか出来っこない〜ってことが、ああやっぱし、わかってきてしまう、わかってくるってことは、そこがおもしろさの入り口となる?

そこまで来て、そのまま行けるとこまで進めばいいよ、死んじゃえばいいよってそのひと(誰だ?)は教えてくれているのに、朝がきてしまうとやっぱり会社に向かうんだよこいつはよ。狂ってるのだよ。平気な顔してシャツに腕を通した一見まとも、ふつーおじさん狂ってる。楽する為にやめないでいる中産中流中毒症状。水汲みに行かない代わりに、蛇口から水が出るために何の考えもなしに、ただ毎日そうしてるからということだけで自動的に会社へ行く。わずらわしい計算とかいやなので、何が何やらわけわかぬまま税金納めてる。自動引き落としで!

生き物が生活することで生まれてくる無数の仕事がある(あった)ことに気がつけばいいだけなのにわざと知らないフリをして。そんで企業まで辿り着くと仕事をしてるフリまでしてる。オカネが見えなくしてしまっている世界、オカネが見せてくれる世界。どっちも好きになれればいいのにな。会社に行くようなおれはオカネが見せつけてくる世界だけに毒されすぎてて、大人になったときの夢?と訊かれて「大金持ち」と反射的に応えてしまうような悲しい変態。そんなんカネが無くても遊んで(働いて!)られる毎日だろと答える顔面がひきつってるか?
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サービスが繋がりではなくなって、提供されて当たり前。おれはカネを出したんだ。客だ。といった安っぽい意識が時間を切り売りする。そうじゃなくて、おれには到底出来っこないことを誰かがやってくれてることへの気づき、リスペクトが回り回って自分がやるべきことを教えてくれる。くれねーか、くれねーな、そんな甘くねえか。まあ、だけど、そんなけちなサービスを提供されたり、自分も労力を出し惜しみし続けていると、そのまま使われずに死んでいく世界のパフォーマンスに呪われて早死にするよって。違った、死んだままいつまでもぶくぶくと生きていなければいけないんだった。ぶくぶくぶく。
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by yuzzle | 2013-06-06 15:36 | 日記